朧月夜 すでに日は落ち、辺りが闇に染まってからずいぶん時がたっていた。 そんな中、金波宮の一室ではまだ煌々と明かりが灯っている。 揺れる炎と共に書類をめくる音がする。 続いて声が。 声の主は慶国の女王、陽子。そして、麒麟の景麒。 執務中であった。 王の座についてから日も浅く、ましては海客の為に字が読めない陽子は景麒に文面を読んでもらっていた。そして、それに判断を下す。 つつがなく文章を読んでいく景麒の声が、ふとかすれて途絶えた。 「…っ」 景麒は自身ののどに手をあてると、コホンッと軽く咳をした。 「…失礼を…」 謝罪の言葉を一つこぼし、そのまま続けようとするところ、陽子に止められた。 「いや、いい。少し休もう」 「…はい」 返事を返し、景麒は手にした書類を下ろす。 政務を始めてからどれくらいたったのか。ずっと読み続けていた景麒にとって陽子の申し出は正直、とても助かった。 久し振りの落ち着きに、景麒はつめていた息をふうっと吐いた。 その途端に、 「すまないな…」 陽子の申し訳なさそうな声がした。 「いえ、あの、主上。そういう訳では…」 陽子の言葉をどう受け取ったのか、景麒は少しばかりあわてた様子で弁解を試みる。 そんな景麒の態度に、当の陽子は困ったように眉を寄せ、クスリと笑ってみせた。 「わかっている。別におまえが考えているような意味で言った訳じゃない。ただ、休みも取らず続け通しで悪かったなと思ったんだ」 「…疲れたのだろう?」 陽子の問いにどう答えたものか考えあぐね、結局、景麒は素直にうなづいた。 「…はい」 その様子は恥じ入るようで、心なしか頬も赤く見える。 陽子は思わずクスリと笑いをもらした。 こんな表情もできるのか、と嬉しくなってしまう。 「しかし、こう続け通しだと、さすがに私も疲れたな」 陽子は椅子に座ったまま、うーんと伸びをした。と、目の端に窓の様子がちらりと映る、 開け放たれた窓からは外がうかがえた。 暗い闇の中、ぽんやりとした光が浮かんでいる。 月の光だった、 決して、強くはない光。 「今夜は朧月夜か…」 陽子は窓際に歩みよると、桟に腰かける。 しばらく月の光を眺めていたが、ふと、笑みをもらした。 「何だか、私に似ているな…。ぼうっとかすんで、たよりない…」 「主上！」 その言葉に反応し、景麒は声を荒げた。 眉間にシワをよせ、陽子を見つめている。 そんな姿に、思わず笑いがこぼれた。 「そう目くじらをたてるな。別に悲観して言ったわけじゃない。まだ、王になったばかりなんだ。仕方がない」 「…ですがっ」 「大丈夫」 陽子は景麒に振り向くと、にっこりと笑った。 「今は朧月だけど…」 再び外に目を向け、月を仰ぐ。 「いずれは、煌々と光を放つ…満月になってやるさ」 口の端に笑みをのせたその表情は、不敵で…挑戦的だった。 景麒は驚きに目を開いたが、それはすぐに満面の笑みへと変わった。 「それでは…お側にて、お待ち申し上げます」 |