END
2004/03/21

春来


　任務の終わった黄昏時を、サスケとナルトは歩いていた。
　そこへ、ふわりと薄紅色の花びらが舞い降りる。その桜の花びらを見て、ナルトはようやく気付いた。
「そうか、そんな季節になってたんだってばよ……」
　足を止め、落とされた呟きはかすか。だが、隣を歩く人物に届くには十分だった。
　言葉以外の意味を含む声音にサスケが視線を向ければ、ナルトは咲き始めた桜を仰いでいた。その視線も雄弁に語る。
　綺麗だ、と。
　そして……寂しい、羨ましい、と。
　口に出している訳ではないのだが、サスケは肌で感じていた。考える前に口が開く。
「ナルト、花見に行くか？」
「え？」
　振り向いた表情は明らかに嬉しそうだった。だが、すぐにそれは落胆に変わり、首を横に振る。
「ううん。いいってば…」
　ナルトは断ろうとしたが、サスケはそれを途中で遮った。
「来週なら丁度いいくらいだろう。決まりだ」
　勝手に決定事項にすると、ナルトが声を上げる。
「サスケ！」
「何だ」
　全く悪びれた様子のないサスケに、ナルトは怒鳴る。
「勝手に決めるなってばよ！」
「何か都合が悪いのか？」
「……っ！」
　即座に返されてナルトは何も言えなかった。悪い訳などない。それどころか嬉しかったのだから。
　だが、断らなければならない。
　そう思いながら再び口を開くが、サスケに先を越された。
「なら問題ない。来週の休みに花見だ。待ち合わせはいつもの所でいいだろう」
　一気にまくし立てられ、
「じゃあ、俺はもう行くからな」
　これ以上口を挟めないようにと、ひとこと言い置いて去ってしまった。
　一人残されたナルトはポツリとつぶやく。
「強引なヤツだってばよ……」
　だが、その響きはどこか嬉しそうだった。


　結局、断ることもなく当日を迎えることとなった。
　不安ではあったが、やはり嬉しかったから。
　ナルトが待ち合わせ場所に向うと、サスケはすでに来ていた。手には荷物を下げている。
　それが目に入ると、ナルトはおずおずと言いよどんだ。
「あの…さ…。俺、何か用意した方がいいとは思ったんだけど、花見なんて初めてだから何を持っていけばわからなかったんだってばよ…」
　ナルトの言い訳に、サスケはかすかに微笑んだ。
「あぁ、気にするな。俺が勝手に決めたんだからな」
　その言葉にナルトはへへっと笑うと、一転して元気になる。
「じゃあ、行くってばよ！」
　だが、張り切って歩き出すナルトをサスケは止める。
「待て」
「何でだってばよ！」
　振り向いて抗議をすれば、予想外の言葉が返ってくる。
「そっちじゃない、こっちだ」
「へ？」
　サスケの指差す方向はナルトの進行方向とは逆だった。だが、木の葉の里で花見といえばナルトが行こうとしている所のはずだ。
「桜の名所ってこっちだろ？　人がいっぱいいたってばよ？」
「まあ、それはあってるがな」
　その言葉にうなづきつつも、サスケはナルトの手をひっぱって反対方向へ歩き出す。
「サスケ？」
　名前を呼べば、短く返答が帰ってくる。
「穴場だ」
「え！？」
　そんな場所は聞いた事がなかったが、ナルトにとって願ったり叶ったりだった。


「わ〜っ！　すごいってばよ〜！」
　満開の桜の大木を見上げ、ナルトは感嘆の声を上げた。
　頭上からは無数の花びらがひらひらと舞い落ちてくる。こんなにも見事な大木だというのに、周りには人一人居ない。
「ホント、すごい穴場だってばよ！」
　はしゃぐナルトに、サスケは敷物を広げながら説明する。
「まあ、うちは家の土地だからな。人ごみ…苦手なんだろ？」
「……うん」
　サスケの言葉にナルトはうつむいて寂しそうに答える。だが、同時にその心遣いが嬉しかった。
　淡く微笑むナルトを、サスケも心なしか笑顔になって呼びかける。
「準備できたぞ」
　振り向けば、色とりどりの豪華な弁当が並んでいた。
　二人分にしては多すぎる量をぺろりと平らげ、二人はころりと横になった。頭上を振り仰ぎ、静かに降る花びらを眺める。
　と、ナルトがポツリと言葉をもらした。
「俺、春なんて来ないと思ってたってばよ」
「……？」
　サスケはその言葉の意味する所がわからなかった。ただ、明るい話でないことだけがわかる。
　先を急がせる事なく、黙って聞く。
「寒い冬が終わって、暖かい春が来て。周りの奴らが家族とか友達と、花見とかに行くのがうらやましかったってばよ。イルカ先生はいくらでも連れて行ってやるって言ってくれたけど、俺ってばみんなに嫌われているから…一緒に居るイルカ先生が嫌な目にあうのが別ってたから行けなかった。……だから、俺はずっと寒いままだったってばよ」
「……そうか」
　サスケはただうなづく事しか出来なかった。その苦痛を思うと胸が痛い。
　思わず顔をしかめるが、ナルトの明るい声に遮られる。
「だけどさっ！」
　ナルトはガバリと起き上がると、サスケの顔を覗き込んだ。
「やっと春になったってばよ！　サスケが……つれてきた」
　思いがけない言葉にサスケの目が瞠った。上体を起こし、静かに問う。
「俺が？」
「そうだってばよ」
　強い肯定にサスケはポツリとこぼす。
「俺はただ…お前の事が好きなだけだ」
「…うん。だけど、サスケが俺の事、す…好きだって言ってくれて、俺はやっと寒くなくなったんだってばよ。それをイルカ先生に言ったらサスケは東風（こち）なのかもなって」
「春を告げる風…か」
　こくりとナルトがうなづく。
　サスケは空を仰いだ。そこからは春の花びらが降ってくる。いくつもいくつも。春はここにあるというように。
　ふっと微笑むと、サスケはナルトに向き直る。
「じゃあ、春らしく盛大にいくか。イルカ先生やサクラや、仕方がないからカカシも呼んで。あぁ、他の奴らもいいかも知れんな」
　サスケの提案にナルトはふわりと笑った。
「ありがとうだってばよ」
「俺はお前が喜べばそれでいい」
「へへっ」
　その笑顔のためなら何でもする。
　何度でも告げる。
　春、来たり―――…と。

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お持ち帰りもOKです。
…って言っても実は無料配布本と同じものなんですが。(笑)
まあ、web版無料配布という事で。