夜に眠る太陽
扉を閉めるとすぐにその場を離れた。
気を逸らせながら足早に歩を進めて家へと向かう。だが、急ぎすぎてもダメだ。
相反する考えにサスケは複雑な気持ちだった。
「まだ泣けない、か……」
己のこぼしたつぶやきに、眉根が寄る。
ナルトは未だ一人でしか泣けなかった。人前で悲しい涙は見せない。
ただ一人、彼の恩師を除いて。
己の恩師でもあるやさしい顔を浮かべると、悔しさがこみ上げてくる。
まだ、勝てない。
二人が積み上げてきた時間を思うと当然の事と思えるが、感情は別だ。
一人にしておきたくない。側にいてやりたい。
だが、現実にはナルトを一人にさせる時間が必要だった。感情に折り合いをつけて、一度家に戻ることで時間を作る。
弱さも見せて欲しい。ずっと側にいるから。
イルカと過ごしてきた時間に負けないくらい、側にいるから。
わずかな時間……だがサスケにとってはとてつもなく長く感じた時間の後、もう一度ナルトの家の前に立つ。
扉の向こうで泣くナルトの気配を感じ取りながら、多少控えめにドアをノックをした。
しばらくして、驚きを張り付かせた顔が覗く。見開かれた目は真っ赤だった。
だが、それには気づかないふりでサスケは言い放つ。
「泊めろよ」
尊大な態度に、ナルトも偉そうに答える。
微笑みながら。
「仕方がないってばよ」
その笑顔にサスケはホッとした。
部屋に入ると、まっすぐに小さなキッチンへ向かう。持参した袋をごそごそと探っている所へナルトから声がかかった。
「あのさ、あのさ。サスケってば帰ったんじゃなかったのか？」
サスケが戻ってきて確かに嬉しかったのだが、落ち着いてくると素朴な疑問がわいたらしい。
首をかしげるナルトに、サスケは簡潔に答える。
「荷物を取りに行っていた」
「荷物？」
「これだ」
続けて問うナルトに、探っている袋を指さす。
中には野菜など、色々な食材が入っていた。
「ここには全然食い物がないからな」
だからこそ店へと足を運んだったのだが、あんなハラワタが煮えくり返るような思いをするハメになってしまった。
当然もう一度店に行く気になぞなれる訳もなく、時間稼ぎをかねて家まで取りに行ったのだった。
気にしないよう、わざと皮肉っぽく言うと、案の定ナルトはぷぅっとムクれた。
「失礼だってば。ちゃんとあるってばよ！ ラー……」
「ラーメンは却下だ」
予想通りというより、それ以外ありえないナルトの言葉を途中で遮った。得意げだっただけに、すぐさま反発される。
「何でだってばよ！」
だが、サスケが負ける訳がない。
「もっと栄養のあるものを食え。だから、そんなに小さいんだ」
「むー……」
もっともな言葉にナルトはもう何も言えず、小さく唸って膨れた。そんなナルトにサスケは苦笑をもらす。
最初からそのつもりではあったが、仕方がないな、と前置きしてリクエスト権を与える。
「じゃあ、好きなものを作ってやる。何がいいんだ？」
サスケの言葉にナルトは目を輝かせた。
ワクワクしながら口を開くが、
「ラー……！」
「ラーメンは却下だと言っただろうが」
同じ言葉に、即座にリクエスト権は剥奪された。
結局サスケの決定により、夕飯はオムライスとなった。目の前に皿を置くと、がつがつとかきこむ。
「ふはひっへばよ」
口の中をいっぱいにしながら感想を述べるナルトに、サスケは口元に笑みを乗せる。
「野菜も取れよ」
イルカのような事を言いつつ、同時に作った野菜スープを勧めると、ナルトが「おう」と短く返事をした。
しばらく上手そうに食べるナルトを眺めると、ようやくサスケもスプーンを手に取った。
食事の礼と客だという理由で先に風呂を使わせてもらったサスケはそのままベッドに入った。さほど大きくはないが、子供二人が寝るには十分だ。
目閉じて横になっていると、ナルトが近づいてくる。のぞき込む気配と共にとふわりとせっけんの香りがした。
「サスケ……？ 寝たのか？」
声を落とした問いに寝たふりをすると、ナルトがそっとベッドに入ってくる。
そのまま寝るかと思ったが、顔に視線を感じる。
「……きれいな顔だってばよ。まつげも長いし」
どうも観察をしているようだった。
だが、ナルトとて人のことは言えない。騒がしい言動に騙されがちだが、可愛い顔をしている。……私情抜きの見解だ。
当然そんなサスケの考えなど知るよしもなく、ナルトのつぶやきは続く。
「なのに、俺の事が好きだなんて……物好きだってばよ。やっぱ、性格が曲がってるから好みも曲がってるんだってばよ！」
黙って聞いていれば、言いたい放題……。多少の照れもあるだろうが、言ってくれる。
「ブツブツうるさい」
サスケは文句を一つこぼすと、ナルトを引き寄せて胸に抱きこんだ。
予想外の行動にナルトはされるがままだ。だが、それでも暴れることは忘れない。
「わっ！ 起きてたのかってばよ！ ……あれ？」
せまい腕の中で暴れるが、ナルトをがっちり抱きしめているサスケは反応しなかった。
相変わらず目は閉じたまま。
「何だ、寝ぼけてるのか」
安心するとすぐに大人しくなった。そしてまた、間近に迫ったサスケの顔を見る。
しばらく眺めると、ナルトはクスリと笑った。
「……ありがとう。サスケ、好きだってばよ」
小さく想いを口にし、そのまま眠っていった。
そして、今度は反対にサスケの目が開く。
腕の中のナルトに目をやり、息苦しさなど微塵も感じられない軽い寝息に安心する。
「出来れば起きている時に言って欲しいものだな」
だが、急かしたりはしない。
今はただゆっくり眠って欲しい。その瞳が曇らないように。
時間はまだまだあるから。
サスケはもう一度ナルトを抱き寄せ、ゆっくりと目を閉じた。
END
2007/09/12
（初出：2004/05/09）
NARUTO書き下ろし本、『天体観測』より。
くやしがるサスケ。