この星空の彼方・7



　パチリ、と突然目が覚めた。
　時計を見れば、もうすぐ日が変わろうかという時間。
　サスケはけだるそうにゆっくりと身体を起こすと、ふぅっとため息をついた。
　夜中に突然目を覚ますことなど珍しくもない。
　あの日以来、まともに寝られる方がむしろ珍しかった。
　水でも飲みに行こうかと立ち上がると、目の前を何かがひらりと舞った。
「…？」
　落ちた思われる先に視線をめぐらせるが、そこには何もない。
　気のせいかと思い、廊下へと出るとまたひらりと。
　ゆっくりと弧を描くように舞い、今度はサスケの足元へと落ちる。
　一枚の花びらだった。
　思い当たる花の名前にサスケは眉をひそめた。
「サクラ…？」
　7月も終わりに差しかかっている今、それがあるのは明らかにおかしい。
　サクラの季節はどう考えても春だ。
　訝りながら手をのばせば、花びらはすぅと消えてしまった。
「！？」
　サスケは幻術かとあたりを窺うが、何の気配もしない。
「…どういう事だ？」
　つぶやきを落とせばまたひらりと。
　花びらは締め切った戸をすり抜けて、外から舞い来ていた。
　サスケは警戒をしつつ、そっと戸を開ける。
　その途端、夜の闇の中を薄紅色の花びらが風に乗って何枚も何枚も舞い落ちてくる。
　ふと、呼ばれたような気がした。
　暗闇の中、サスケは耳を澄ます。
　やはり気のせいではない。
　確かに呼ばれている。
　声は聞こえない。
　気配もしない。
　しかし、呼ばれている。
　早く行かなければ…と焦燥感にかられ、つと足を踏み出したところで我に返った。
　己の姿を見れば寝巻き姿のままだ。
「何を考えているんだ…」
　サスケは思わず苦笑をもらした。
　いくら何でもこの格好で外へは出られまい。しかも、何が起こっているのか全くわかってないというのに無防備のままで行くには危険すぎる。
「いや、それこそ本望か…」
　サスケは自嘲を口元に乗せると一旦部屋へと戻った。素早く着替えを済ませ、外に出る。
「……あそこか…？」
　舞い来る花びらから方向を定めると、一瞬サスケの顔が曇った。
　出来ることなら二度と行きたくなかった。
　だが、どうしても無視出来ない。
　サスケは覚悟を決めると、強く地をけった。


　近づくにつれて予想は確信に変わっていく。
　目の前に現れた深い森。
　花びらに誘われるようにさらに奥へと入っていく。
　よどみない足取りで木から木へと飛び移っていくと、突然目の前が開けた。
　やはり花びらはこの中心から。
　呼びかけも強まっている。
「一体、何なんだ…」
　舌打ちをしつつも目的地へと向かえば、一本の桜の大木が見えてきた。
　花は満開で、風にあおられた花びらは桜吹雪と化している。
　そこに…人がいた。
「……！？」
　サスケはあまりの驚きに目を見開き、その場で立ち止まってしまった。
　桜に、ではない。
　桜の元に立つ人物に。
　その金の髪…その後ろ姿…。見間違えるはずがない。
　彼はゆっくりと振り返り、サスケを認めるとふわりと微笑んだ。
「花見に行くって…約束したってばよ？」
「…っルト…っ！！」
　声を聞いて何も考えられなくなった。
　いるはずのない人物だ…。
　何かの幻術だ…。
　そんなものは全て弾け飛び、サスケの時が動く。
　求め続ける人を己の腕の中に閉じ込め、力の限り抱きしめる。
「ナルト、ナルト…っ」
　こぼれ落ちる言葉は愛しい人の名前だけ。
　応える代わりにナルトはそっとサスケを抱きしめ返す。
　腕に感じる確かな感触。
　温かいぬくもりがサスケを落ち着かせていく。
「サスケ…会いたかったってば…」
「俺もだ」
　サスケの返答にナルトはギュッと腕に力を込める。
「でも…サスケ…。サスケの時を止めないでってば…」
　ポツリともらされた言葉にサスケは一瞬言葉を継げられなかった。
　だが、のどの奥からどうにか声を絞り出す。
「お前がいない世界ではそうでもしなければ生きていけない…」
　サスケの言葉にナルトは悲しげにつぶやく。
「俺はいなくならないってば…。たとえ肉体が滅んだとしても…」
　言葉の意味を図りかね、サスケは首をかしげた。
　そんなサスケの様子にナルトはふふっと笑う。
「もちろん、今の状態を言ってる訳じゃないってばよ？　これは…サスケももうわかってると思うけど、一時的な反魂の術だってばよ。持っても…あと少しだってば」
「…あぁ」
「…なぁ、サスケ。あの時、このまま死んでしまえばサスケがこうなるって事はわかってたってば。だから、もう一度会いたかった。会って…伝えたかったってばよ」
　ナルトはそっとサスケの腕から抜け出た。
　ふぅっと一つ深呼吸をすると、右手をサスケの胸へと置く。
「俺は…ここにいる。サスケが俺を想えば…一番近いところに俺はいるってばよ。だから…」
　ナルトの瞳からスーッと涙がこぼれ落ちる。
「サスケの時を止めないでってば…っ！　今だけでいいから…俺を…忘れないでってば…っ！」
「ナルト…っ！」
　悲痛な叫びに、サスケはナルトを引き寄せると強く抱きしめた。
　さまざまな想いがあふれ、その激しい感情と共にサスケはナルトに口付けた。
「ふ…っ…んっ…」
　あまりの激しさに、ナルトは息もままならない。
　どれだけ時間そうしていたのだろうか。
　サスケは長い拘束からナルトをようやく開放する。
「すまない…ナルト…。俺こそがお前を殺していたんだな…。俺は忘れない…忘れられる訳がない…っ！」
　もたらされた想いに、ナルトはふわりと微笑んだ。
　が、すぐにその表情は寂しげなものに変わる。
「今度こそ…本当のさよならだってばよ」
　サスケはその言葉に無言で頷いた。
　だが…。
「俺は別れの言葉は言わない」
「え…？」
「お前はいつでもここにいる」
　己の胸に手をやるサスケに、ナルトは本当に嬉しそうに微笑んだ。
　そうしているうちに、風がどんどん強まり、花吹雪が二人を包む。
　しばらく見つめあい、
「サスケ…愛してるってばよ」
「俺もだ」
　その言葉を合図に、激しい桜吹雪がナルトを覆い隠す。
　そして…何もかもが忽然と消えうせた。
　残されたものは、サスケと…もう一つ。
　サスケはその場にしゃがみこんで、大切に手に取る。
　手の中には、ぼろぼろになった額あて。
「これからも…お前と生きていく―――…」
　ポトリと涙がこぼれた。



　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　
　END
（2003/06/02）

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やっと、終わりました！！長かった〜！！
でも、何ちゅう終わり方や…と思われる方もいらっしゃるかも…。
自分でも最初は思いました。もっと違う感じだったんですよ。ナルトも出てこなかったし。
でも、今はこれでいいかなと思っています。
元になる曲を聴いて思った事や書きたかった事は全部入れられたと思いますし。
とにかく完結です。ここまでお付き合いくださった方、本当にありがとうございました。